株式会社ダイフク
下関といえばふぐ、ふぐといえば下関。

下関観光

下関地区 ふくの関
     
  ■壇具川と長屋門
城下町の静かなたたずまいを流れる壇具川(だんぐがわ)は春は桜並木、夏はホタルが乱舞し、時代を変えることなく静かに流れている。四季折々の花が、両岸を色どる。長府観光会館から川沿いに上がると途中橋のたもとに上級侍屋敷の長屋門がある。川沿いには侍屋敷を利用した食事処や甘味処が点在し、静かな道を突き当たった所に、笑山寺の山門と境内には市指定文化財の十三重塔がある。
 

  ■奇兵隊挙兵の地功山寺
長府観光の最重要ポイントというべき巧山寺は、鎌倉時代創建の、唐様(からよう)建築の美しさを保つ建造物で、我国最古の禅寺様式を残しており、国宝に指定されている。また、幕末に討幕派の志士、高杉晋作がわずか80名の奇兵隊を率いて挙兵した地として有名。維新前夜、都落ちした七郷が身を隠した時、寝起きをした七郷の間、苔が美しい中庭。そして高杉晋作の銅像。若き志士達が“将来の日本”を議論した山門。四季境内を飾る春の桜、秋の紅葉、雪の巧山寺は、さまざまな歴史を秘めて今も旅人の心に昔を偲ばせる。
 
  
  ■長府毛利邸
長府は萩の長州藩の支藩として400年前毛利元就公の孫秀元公が5万石で築いた城下町。幕府の禁制で本格的な築城は許されず、屋敷として建築された。藩主秀元公は智将として知られ、公称5万石といえど、海峡や海の利を利用して、経済力を蓄積し城下町は栄えた。現在の建物は明治36年、14代元敏によって建てられ、明治天皇の行在所としても使われたところ。下関市が管理し庭園も整備され、市民や観光客の憩いの場となっている。紅葉の名所でもある。
 

  ■菅家長屋門
毛利邸下、古江小路の観光ポイントとして、また、記念撮影、画家の題材となる長屋門は昔からの土塀と石垣、江戸時代の建築様式を残し、憶病窓も残っている。昔、このあたりは中級武士の屋敷が並び、毛利邸への侍小路であったものと思われる。「雪の日なぞ、草鞋を履き刃を腰に雪の上に草鞋の模様を描いたことであろう。」
 
  
  ■長府庭園
長府藩の家老西運長(にしゆきなが)の旧邸。小高い山を背にした3万平米の敷地には池を中心に書院、茶室、小川があり四季折々に散策を楽しめる回遊式日本庭園である。睡蓮や蓮の花の咲く季節には池に泳ぐ錦鯉がその色添えをして訪れる人々の心を癒し、日本の美を偲ばす。観光客や市民の憩いの場として邸内が整備され、お茶会や句会、写真撮影会、スケッチ大会が催され、3ヶ所の土蔵では絵画や版画などの個展など催されている。
 

  ■忌宮神社と数方庭
長門の国二の宮で式内社。「いみのみや」と呼称する。仲哀天皇が西国平定の折、豊浦宮を興したところで、仲哀天皇、神功皇后、応神天皇を祀っている。毎夏8月7日から13日まで催される「数方庭祭(すほうていさい)」は30mの竹にのぼりを立て勇壮な夏祭りが展開される。日本の伝統的な奇祭として有名である。
 
  
  ■乃木神社
日露戦争の203高地で有名な乃木希典大将を祀る。その境内には乃木大将が幼少の頃、父親から教育を受けた下級武士の貧しさが伺われる乃木旧居がある。旧居横には乃木大将幼少の頃心身鍛錬の為、真冬に裸で水を被らされたと云う井戸跡が残っている。また旧居左手には乃木記念館があり、乃木大将直筆の書など遺品が展示されている。
 

  ■土塀が美しい横枕小路
乃木神社横の横枕小路(よこまくらしょうじ)は両側に土塀が並らび道も昔のままの土の道で、その狭い路地が、昔を偲ばせ、土塀と土道、石垣、苔、季節の花々が、あたかも一枚の絵画を見るような情緒を醸し出す。写真家や画家達は落ち着いた昔を残すこの路地を好み、遠くからその魅力を作品にしようと訪れる。
 
  
  ■覚苑寺と和同窯
長府に生まれた日本画の巨匠狩野芳崖の銅像、乃木将軍の銅像のある境内は、落ち着いた雰囲気が旅の情緒を誘う。本堂の裏へ廻ると土塀と本堂の空間は心が落ち着く、特に紅葉期にはこの場所の美しさは類を見ない。春は桜が咲き乱れ、土塀の奥には有名な「和同窯」の登り窯があり、和同焼の展示室に作品がある。わが国最初の金属貨幣和同開珎(わどうかいちん)の鋳銭所も現在の覚苑寺の辺りに置かれていた。
 

 
 
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